エイサー(6/15編集)

 

ハイタイMIRIKAやいびーん。

先日は、沖縄音楽と平和について書いたので、今日は、エイサーについて書こうと思います。

まず、エイサーの歴史を簡単に・・・ (http://www.wonder-okinawa.jp/016/jpn/rekishi.htmlより引用)

 

 おもろ・・・12世紀から17世紀に渡って謡(うた)われた沖縄・奄美諸島の古謡。 おもろそうし・・・おもろを首里王府で採譜し本にしたものが沖縄最古の書物「おもろそうし」である。 おもろは、王府では男性が歌唱者であり、一方神女もおもろの歌い手で、祭祀歌謡を歌いつづけたのに対し、男性は段々専門化し、次代の三線歌謡に移っていった。

1532年「おもろそうし」編集成る
 袋中上人が沖縄にきて、念仏を輸入し、それを通俗的に訳し、何十種という琉歌念仏を作り、フシをつけて歌う様にした。その念仏歌を歌う専門の念仏者が出るようになり、盆に念仏者を呼び、念仏歌を歌って精霊を供養するようになった。(首里)この念仏者は、萬歳踊りをする京太郎(流れの繰り人形師)で、彼らが呼ばれて念仏踊りをするようになる。

1603年袋中上人、沖縄に入る
1609年薩摩が琉球を制圧
 当時は、既に現在の三線があったので、それを使って踊り歌うような形態が生まれたという。(ニンプチャー踊り)首里から中部地域では、氏族の長男以外の男子に舞踊や三線などの楽器を身につける習慣があり、当然、盆での供養するエイサーは、若い男性たちの仕事であった。一方、山原の農耕地域では、おもろ歌を唄うのは神女であり、そのオナリ神を祭る祭祀では、女達の仕事であった。  それで、首里、中部のエイサーは男性のみで、大宜味、国頭では女性たちがエイサーをするようになった。

1650年向象賢「中山世鑑」著す
 念仏踊りから毛遊びエイサーへ・・・江戸時代から明治になると、近代化・風俗改良などで、野遊びの伝統が崩れ、その踊るエネルギーがエイサーに転化された。また、念仏歌の長い歌から、当時新たな民謡ブームが起き、近代的な青年団はそれらを取り入れ、新たな現在のようなエイサーを行うようになった。

1868年明治維新
1879年廃藩置県により、沖縄県になる
 青年団の交流などで、芸能化を強めたエイサーが行われるようになり、他の地域のよい所を取り入れるなどして、さらに見て楽しいエイサーとなる。

1941年太平洋戦争始まる
 戦争で総てが灰となった沖縄では、終戦後米軍の下で、徐々にエイサーが復帰してくるが、元の形を継承するというよりも、エイサー好きの人々によって、新たなエイサーが生まれるようになった。

1945年太平洋戦争終わる
 特に、1956年から始まった「全島エイサーコンクール」は、コザ市発足とともに行われたもので、それがコザを中心とした中部の青年会は互いに見栄えのする衣装や太鼓の技を一層競うようになり、入場の演出や曲のレパートリーに工夫を凝らすようになった。

1958年通貨をドルに切り替え
 1977年以降は、順位をつけないエイサーまつりとして現在に至っている。

 

元々は念仏踊り(つまり、盆踊り)だったエイサー。現在でも昔のスタイルのエイサーをしている団体もありますが、現在一般に広く知られているエイサーと違い、スローテンポの曲に、スローテンポの振り付けがついています。今のエイサーの様に衣装は華やかではなく、大太鼓も使いませんが、一見地味に見えますが、エイサーや琉球舞踊の基本となる中腰姿勢で、全員が一糸乱れず踊る姿は、非常に美しいものです。また、MIRIKAやいなみ~の生まれ故郷の国頭では、昔ながらの風習を守り、女性のみのエイサーを、現在も続けています。三線は弾かず、歌のみで踊られます。女性しか出来ないので、男性は観客です。

近年では、BEGINなどのポップス曲にエイサーの振り付けを付けたものも全国的に知られてきています。エイサーを全国的に有名にしたのは、BEGINの影響がとても大きいのではないかと思います。

現在、ほとんどの沖縄の青年会やエイサー団体では、昭和以降のスタイルのエイサーをしています。

エイサーは、今でも、主に旧盆に踊られています。元々のエイサーの、「ご先祖様をお迎えし、お送りする」という意味ももちろん今でも色濃く残っており、天まで届く太鼓の音で、ご先祖様たちを楽しませ、また、ご先祖様たちに、自分達の気持ちを伝えています。

また、エイサーは、地域によって、曲、振り付け、歌い方が違います。青年達は、厳しい練習を重ね、一番を目指します。沖縄の人々は、激動の歴史を、エイサーと共に生きてきました。エイサーは、それぞれの地区の誇りであり、魂であり、命の踊りなのです。

エイサーの太鼓の音と共に育ったMIRIKAは、エイサーの太鼓の音を聞くと、血が騒ぎ、魂が呼応します。文章ではなかなか表せない感覚です。エイサーは、MIRIKAの人生には、欠かせないもの。ただ好きという訳ではなく、ただ楽しいだけではなく、自分の魂そのものなのです。

 

私達「いちゃりばちょ~で~」のエイサーは、MIRIKAや、南風の家族や、沖縄でエイサーをしている先輩方の想いが強く込められたエイサーです。

今年の4月から、基本を以前以上にしっかりする様になり、細かく指導し、一曲一曲に時間をかける様になりました。また、振り付けをいくつか作り直し、より魂のこもったエイサーを目指して指導しています。メンバーと、沖縄の歴史なども一緒に学んでいます。私達は、ただ楽しいだけのエイサーをしている訳ではありません。楽しいだけのエイサーなら、誰にでも出来ます。小さい子どもにだって出来ます。だけど、MIRIKAがしたいのは、そんなエイサーではありません。沖縄の先人達や、沖縄でエイサーをしている先輩方の気持ちを受け継いで、福井で、「いちゃりばちょ~で~」という新たな伝統を生み出し、沖縄の魂を伝えていこうとしているのです。

また、福井で沖縄の魂を伝え、福井から沖縄に進出出来る様な団体へと成長し、福井と沖縄の架け橋になりたいと強く願っています。

福井県外、そして沖縄でも、徐々に、「福井のエイサー=いちゃりばちょ~で~」と言われる様になってきました。MIRIKAの目標が現実のものとなる日もそう遠くなさそうです。

そんな「いちゃりばちょ~で~」と共に、魂のこもったエイサーをしたいという方は、是非、mirika.m@ezweb.ne.jpまでメールください!!!

 

 

 

 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中